The Copyright Law Association of Japan 著作権法学会
斉藤博先生の死を悼んで
2025年(令和7年)1月26日、斉藤博先生が亡くなられ、私たちに深い悲しみをもたらした。
斉藤先生は、1958年(昭和33年)に成蹊大学政治経済学部を卒業した後、日本グラモフォン株式会社に入社したが、その後同社を退職し、京都大学大学院法学研究科を経て、新潟大学人文学部・法文学部・法学部、筑波大学大学院経営・政策科学研究科および専修大学法学部・法科大学院において教育、研究に携わってきた。斉藤先生は、京都大学大学院修士課程以来、ドイツ法を中心に人格権法について深く研究をしていて、このテーマは、先生のライフワークともいうべき課題となったのである。その最初の研究成果である「人格権法の発達に関する一考察」法学論叢78巻5号(1966年)は、修士論文を元にしたものである。そして、新潟大学に在籍中、1972年(昭和47年)から2年間にわたって、ミュンヘンのマックスプランク研究所において在外研究をする機会を得たが、帰国後に「人格権法の研究」と題する一連の論文を「民商法雑誌」(有斐閣)に連載し、これらの研究をまとめ、『人格権法の研究』(1979年、一粒社)を刊行した。同書は、人格権に関するドイツ法を中心に、人格権法の発展の経緯を探求したものであるが、ドイツ民法典の編纂過程、著作権に関する諸法の立法の経緯、ライヒ裁判所における人格権の保護、第二次大戦後のボン基本法の制定、1950年代以降における人格権に関する立法の動向などについて、詳細に研究をしている。このような研究に対して、1981年(昭和56年)に京都大学から法学博士の学位を授与されている。
人格権は、著作権に限定されるものではなく、人間の尊厳、人格の自由な発展を目的とする権利として、広範な領域を取り扱うものである。たとえば、名誉毀損、プライバシーの侵害などの民法上の不法行為責任の根拠として、あるいは環境被害の差止請求権の根拠として、人格権が論じられ、現代的にも人格権法は私法学における重要なテーマであり、多様な発展をしているものである。斉藤先生の人格権法に関するこのような業績は、学界において高く評価されており、その後の多くの法分野の業績に多大な影響を与えている。たとえば、五十嵐清『人格権論』(一粒社、1989年)、同『人格権法概説』(有斐閣、2003年)等においても、基本的な文献として引用されている。その後、斉藤先生は、日本の不法行為法について、人格権という視点から考察する研究として『人格価値の保護と民法』(一粒社、1986年)を公表している。さらに、斉藤先生は、人格権法の研究の集大成として、2021年(令和3年)に『人格権法の発展』(弘文堂)を刊行している。同書では、前著『人格権法の研究』以後のドイツ法の発展に重点を置きながら、民法・債務法において人格権保護に関する規定を定めていたスイス法にも考察の対象を広げ、さらに日本法の法発展についても言及している。
蛾は他の昆虫と同様に、光源に対して一定の角度で飛ぶそうである。光源が無限の彼方にある月である場合には、ほぼ直線的に飛ぶことになるが、誘蛾灯のように近接した人工の光源に対しては、螺旋状に飛びことになり、光源との距離を縮めながら、最後に光源に達する結果になるという(蛾と光源をそれぞれ点と仮定すると、蛾は永久に光源に近づき続けるが、到達することはないことになるであろう)。日頃、このような蛾の飛び方は、我々研究者の研究のあり方を示しているのではないかと思っている。斉藤先生は、人格権法という中心に向かって、生涯をかけて、螺旋状に研究を深めていった研究者である。
そして、斉藤先生は、人格権法の研究と密接に関連している分野である著作権法を中心に知的財産権法の分野で多くの研究業績をあげるとともに、多くの研究者および実務家の教育に寄与してきた。とくに、著作権法学会では、1996年(平成8年)5月から2006年(平成18年)5月までの11年間、会長として学会の運営に携わってきた。さらに、年数回の判例研究会を主宰してきた(会長を退任した後も最近までこの仕事を続けてきた)。研究会では、毎回、先生が出席者の間に活発な議論を引き出し、最後に見事にそれらをまとめあげるので、出席者はみな満ち足りた気持ちで帰路につくのが常であった。現職の裁判官が積極的に発言されることも多く、他の学会には見られない大きな特色であった。斉藤先生がこのような著作権法学会の活性化に大きく寄与してきたことは言うまでもない。また、ヴィクトル・ユーゴー(Victor HUGO)の後援のもとに1878年にパリで創立された国際著作権法学会(Association littéraire et artistique internationale[略称ALAI])の日本支部(日本国際著作権法学会[ALAI Japan])を1997年(成9年)5月に組織し、その会長として、2023年(令和5年)12月まで活躍してきた。また、斉藤先生は、ALAIの副会長としても、重要な役割を果たしてきた。とくに、2012年(平成24年)に行われたALAIの京都大会では、外国からの参加者を招くという観点からは、福島第一原子力発電所の事故直後という困難な時期にもかかわらず、主催国の会長として、大会の運営を担い、大会を立派に成功させた。ALAIの活動のほか、財団法人(現在は、一般財団法人)ソフトウェア情報センターが開催してきた国際シンポジウムにおいても、実行委員会の委員長やセッションの司会を務めるなど、海外の著作権法研究者との交流にも力を注いできた。
また、著作権審議会およびその後身である文化審議会著作権分科会の委員、分科会長として、20年以上の長きにわたって、著作権行政に深く関与されてきた。その業績に対して、文部科学大臣および文化庁長官からの度重なる表彰を受けている(1999年[平成11年」、2005年[平成17年]、2018年[平成30年])。
なお、2013年(平成25年)秋の叙勲で、瑞宝中綬章を受章している。
そして、当然のことであるが、斉藤先生は、著作権をはじめとして、知的財産権法に関して多くの論考を公表し、学界・実務界に大きな影響を与えてきた。とくに著作権法についての体系書を複数の出版社から刊行している。まず、『概説著作権法』(一粒社、初版[1994年]、第2版[1992年]、第3版[1994年])が刊行され、次いで、『著作権法』(有斐閣、初版[2000年]、第2版[2004年]、第3版[2007年])が刊行され、その後『著作権法概論』(勁草書房、2014年)に至っている。著作権法に関する学問的研究のみならず、これまで深く関与してきた著作権行政の展開、国際的な動向を反映した体系書として、現在、最も優れたものの1つとして、定評のあるものといえよう。
著作権法についていえば、先生のご学風は、法制史的な研究を基礎とした学問的な知見に加えて、著作権の利用実態などを踏まえて、解釈論を展開するものであり、先生の書かれた論考は、著作権に関する問題を論じようとする研究者・実務家にとって、必須の文献となっている。
私ごとになるが、民法の研究者でありながら、著作権審議会(後の文化審議会著作権分科会)、著作権法学会およびALAI Japanにおいて、斉藤先生の後をずっと追いかけてきた(とくにそのことを意図していたわけではないが)。斉藤先生からは、折に触れて、「あなたも、今や民法だけでなく著作権法の専門家であることも名乗った方がよいのではないか」という言葉をいただいてきた。自分の専門分野の研究に追われる日々であり、もはや、先生からご指導を受けることはかなわない。ただ、先生のご冥福を祈るばかりである。
野村 豊弘
学習院大学名誉教授
(著作権法学会前会長)
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